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ワルター再び [ブルーノ・ワルター (cond.)]

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 ブルーノ・ワルター、私がもっとも愛するマエストロの一人である。

 晩年、ジョン・マックルーアという天才的なプロデューサーと出会い、その最後の輝きを素晴らしいステレオ録音で遺してくれた。そのステレオ録音の数々から、私は大きな幸福を与えられた。

 コロンビア響を中心としたステレオ録音シリーズは、ことあるごとに買い求めてきたが、ようやく最近になってその収集にも終止符がつきそうである。

 私が未成年の頃からのコレクションだから、出会ってからン十年。ようやく、ワルターのステレオ録音を全て享受できることになる。

 私にはこだわりがあって、一番最初に聴いた初期CD(35DC、56DC)か、新ワルター大全集という80年代の終りに再発売されたシリーズのCDしか買わない。これらのシリーズが私にとっての「ワルターの音」であり、一番最初にクラシック音楽を聴いた頃の新鮮な感動を思い出せてくれるからだ。

 私がワルターに初めて出会ったのは、ベートーヴェンの第9交響曲で、だった。

 クラシック好きの友人が、カラヤンの第9を持っているという。私にとってベートーヴェンの第9はオメガであり、アルファであったから、そしてカラヤンという指揮者が自分の(当時)知っている世界最高の指揮者だったから、少ない小遣いからカセット・テープを買って、ダビングしてもらったことを昨日のように思い出す。

 それこそ、テープがよれよれになって、カセットデッキに貼り付いてしまうくらい何度も聴いた。しかし、これはカラヤンの第9ではなくて、ワルターの第9だったのだ。友人の勘違いだった。

 駅の売店やディスカウント・ショップの端で売っていた怪しいCDの中には、「ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団」という文字がずらりと並んでいた。カラヤンと比べて、相当に二流の指揮者なのだろう、第9も迫力がないし、と幾分馬鹿にしたことを思い出す。

 その後、バーンスタインが指揮するウィーン・フィルのマーラー『大地の歌』を買った。若輩の青二才には全く意味不明の音楽だった。西洋の荘厳な音楽が聴きたくて買ったのに、東洋風のメロディーが萎えさせた。それに、テナーのキングは美声だと思ったが、バリトンのディースカウは何かなよなよした、作り物めいた歌い方で嫌気がさした。

 ワルターが世界一流の指揮者であること、ウィーン・フィルやベルリン・フィルによる演奏録音はステレオでは存在しないこと、組んだ相手が何故コロンビア交響楽団という見知らぬオーケストラであるのかということ、ナチスのこと、ユダヤ人のこと、最愛の娘を殺害されたということ、その全てを知ったのは、宇野功芳氏の著作によってだった。

 マーラーの『大地の歌』、フェリアーの歌うナンバー、そしてパツァークの素晴らしさ、何よりウィーン・フィルの燻し銀のような輝き。マーラーの第9の怖ろしさ、そして終楽章の陶酔的な美しさ・・・。

 高校生の頃は、来る日も来る日も、ワルターの演奏を聴いた。失恋したあの日も、大切な友人たちを失ったあの日も、ワルターを聴いた。フルトヴェングラーは神だったが、ワルターはどこか親しく、包容力があり、東洋の一ファンである私に直接微笑みかけてくれるような温もりを感じた。

 お小遣いで買うものは必ず、ワルターのCDだった。渋谷で輸入盤のほうが安いことを知って驚喜し、様々な演奏を聴いた。

 モーツァルトの美しさ、マーラーの純朴さ、シューベルトの瑞々しさ、ベートーヴェンの立派さ、そうしたもろもろのイメージを与えてくれ、私の音楽観を育ててくれたのはワルターだった。

 最近、ワルターのブルックナーを聴いた。交響曲第7番、ブルックナーの中でも一番嫌いな音楽である。

 何故今日の今まで聴かなかったのかはわからない。機会がなかったのだろう。店頭で見かけても、手にとることすらなかった。

 それにしても、こののブルックナーは優しく、穏やかで、温もりがある。あのふっくらとした柔らかいコロンビア響のサウンドを聴いて、昔の恋人に出会ったようなときめきを感じた。

 一楽章の冒頭のきらめき、静かに、そしてゆったりと流れていく牧歌的な旋律・・・。私はベッドの上で仰向けになり、目を閉じて、心静かに聴き入った。

 気が付くと、私は二時間近く眠っていたようだ。相変わらず、ブルックナーの7番は私の好きな音楽ではないけれど、ワルターの演奏からブルックナーの7番が持つ魅力の一つをまた教えてもらったような気がするのである。

 あの優美な管楽器の吹かせ方、対旋律まで穏やかな、優しげな表情をつけて歌わせる愛情の込め方・・・。

 いつもは嫌気がさす終楽章の弱さも、ワルターで聴くことによって抵抗がなかった。ただ一つ、三楽章のスケルツォだけは、ワルターとは異質の音楽であり、美しすぎて、整理整頓が行き届きすぎた感を持った。

 それにしても、ワルターのステレオ録音を聴くと、「何て凄いんだ」と口にせずにはいられない。

 名演奏家がステレオ録音によって、最高の演奏を遺せたこと。その叡智をまざまざと実感できるのは、私にはこのワルターだけなのである。


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