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ベルリン・フィルとの「エロイカ」 [ウィルヘルム・フルトヴェングラー (cond.)]

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 フルトヴェングラーの手兵はベルリン・フィルであったが、戦後は諸般の事情により、指揮台に立つことが減り(中川右介著『フルトヴェングラーとカラヤン』)、スタジオ・レコーディングでもウィーン・フィルが起用されたこともあって、ベルリン・フィルとのベートーヴェンを求めようとすれば、その多くをライヴ録音に求めねばならない現状である。

 DGあたりがベルリン・フィルとベートーヴェンの録音を計画しておいてくれれば、より多くの遺産が私たちの手元に残ったろうにと長嘆息せずにはいられない。それはこのCDを聴いて特に思う。

 このCD(Furt1008-1011)はフルトヴェングラーの名演の数々が(比較的)良好な音質で収録された選集であり、1952年12月8日の「エロイカ」、1954年5月23日の5番と6番をはじめ、フルトヴェングラーの魅力満載である。

 1952年12月8日の「エロイカ」は、同年のウィーン・フィルとのスタジオ録音とは全く違う性質の演奏だと言ってよい。何といっても、聴衆を前にしたライヴの熱気があり、そこに晩年の落ち着きはらった雄大なスケールとベルリン・フィルのドイツ魂そのものといった重厚な響きが相まって、非常に感動的な演奏が繰り広げられている。

 私としてはウィーン・フィルとのスタジオ録音(もちろん、1947年のものと1952年のもの両方)をより好むものであるが、どちらが生身のフルトヴェングラーかと考えると、やはり聴衆を前に、手兵を振るフルトヴェングラーなのではなかろうか。

 一楽章の冒頭からして物凄い爆発音であり、ウィーン・フィルの幽玄とは全く違う実在の響きだ。主題の力強さ、盛り上がりの打楽器の強打もパンチが利いており、その上、弦の分厚いハーモニーが重厚な構築物へと変容していく。フルトヴェングラーの棒はここでも自在であり、これだけ重々しい響きを出させながらも、音自体には澄み切った静けさがあり、重過ぎてだれることのない、どこか「軽さ」があるのである。

 芸術の最後は「軽さ」である。「寂寥」とか「幽玄」とか様々な芸術の根幹に関わる要素であり、重々しい音楽であっても、質量は軽くなければならない。これが耳に響く音を超越した精神に響く音に昇華するのである。

 一楽章の展開部は苦味や懊悩があり、痛みさえ伴う。それでいて、コーダはスピーディーで軽やかで、ひたすら飛翔していくような感がある。

 二楽章こそ絶品で、この深く沈潜していく味わいはフルトヴェングラーでもベルリン・フィルと組んだ時にだけ出す、独特の暗さを含んでいる。

 一楽章以上にオーケストラは乗っているようで、フルトヴェングラーの指揮も冴え、繊細な弱音から圧倒的なクライマックスに至るまで、ダイナミックス・レンジは夢幻的である。

 終結へと向かって幻想的なハーモニーが生み出す痛ましさ。聴く者の心に何か大きな悲劇の足跡をずっしりと残していくのだ。

 三楽章はフルトヴェングラー流儀そのもので、慌てず騒がず、抑制を重ねながら、盛り上がったところで自在な表情を見せる。トリオは遅めのテンポでしっとりとしており、ホルンも美しい。ただ、やや音の切り方で気になった箇所があった。

 四楽章の変奏の表情の付け方はやはり唸らされる。弦は繊細さと熾烈さとを併せ持ち、極めて強力なアンサンブルを展開する。

 ポコ・アンダンテの前の大休止は異常なほどだが、フルトヴェングラー・ファンには堪らないのだろうなあ。

 私個人としてはいささかやりすぎな感がある。全楽章を通じて、この大休止を支えるほどのドラマティックな表情付けはなされていないからである。もっと言えば、伏線がない。いささか取って付けたような印象。

 もっとも録音を聴いた印象での話であって、実際にその場で聴いたら、やはりどうにかなってしまうほどに感動するんだろうなあ。

 終楽章コーダは堂々たるもので、各楽器がバランスよく鳴り響き、「いい音楽を聴いた!」という比類ない充実感を与えてくれる。なお、四分音符の最終和音をアインザッツをずらし加減にすることで、独特の音色を作っているのは何度聴いても興味深い。

 このディスクは、TAHRAレーベルのものである。TAHRAについて書くのはこれが初めてだが、私個人としては、(基本的に)全く期待も、信頼もしていないレーベルである。買うCDのほとんどがメタリックな音質という印象で、どの指揮者のものを買っても、同じ音がする。

 ただ、今回挙げたディスクに関して言えば、鮮明度、質感において優れており、フルトヴェングラーの演奏がいつも持っているやわらかさも再現できている。音色は若干漂白された感がなきにしもあらずであるが、50年以上前のライブとしては高音質だと思われる。

 RIASからの音源であるわけだから、マスターは状態が良いということだ。願わくば、余計なリマスタリングなどをせずに、そのままCD化してほしい。


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furtwan

こんにちは。
この1952.12.8の英雄は、巨大で麗しい建造物のようです。
RODOLPHE片チャンネルをつなげたものであればお聴きいただけます。

当演奏のARKADIA(ただしoptiMESプレスは再生不良になるので、
MPOプレスのもの)と、
12.7のパレットは、
kitakenさんの分を依然探索中です。
by furtwan (2008-05-14 11:54) 

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