幻の?フルトヴェングラー盤 [ウィルヘルム・フルトヴェングラー (cond.)]
前回のエントリーでも、フルトヴェングラーの指揮するエンペラーを採り上げたように、最近の私はフルトヴェングラー・ルネサンスとでも言うべき状態にある。しばらくフルトヴェングラーを聴かずにいたのだが、最近はフルトヴェングラーの演奏が以前にも増して心に響いてくるようになった。
さて、今回採り上げるのは写真に挙げた(たまには携帯の画像で横着)フルトヴェングラーの「幻の」CDである。このCDの存在は2008年のフルトヴェングラー・ディスコグラフィーにも掲載されておらず、製作者に連絡することにした。
レーベルはARKADIA。番号はCDHP 509.3。Huntの509の再販か。1953年ザルツブルグ音楽祭における『ドン・ジョヴァンニ』公演のライヴ録音である。
このARKADIA盤を入手した経緯を話せば、以前、彼女と東京を散策し、歩き疲れたところで入った中古CD屋でたまたま見つけたものだった。その店のクラシックの扱いはひどく、このCDの盤面も傷だらけ、汚れだらけでいささか躊躇したことを思い出す。安さにつられそうになったが、検盤して、買うのをやめた。
しかし、数日後、やっぱり1953年の録音も聴いとくか、と思い立ち、その店に向かった。相変わらずの状態で眠っていたこいつを捕獲し、盤面を洗浄して、プレイヤーにセットした。
!!!!!!!!!
目の覚めるような音である。まさかと思って、解説を読むと、Umbert Masiniが
The recording on this disc of a higher quality than any so far available, being taken from a stereophonic tape only recently rediscovered and reprocessed using the latest digital techniques.
と書いている。まさか、この時代にステレオ録音されているわけはなかろうし、擬似ステレオであると考えるのが妥当であろうが、それにしても素晴らしい音質である。あるいは試験的に2ch録音でもしていたのか・・・?
フルトヴェングラーの録音は基本的にどれも音が悪い、と私は思っているが、このARKADIA盤は別格で、鮮度が良い。アナログ的な質感、高域と低域の分離の良さ、情報量の多さは54年盤以上。ステレオ的な臨場感のある広がり。音色には加工色がなく、若干モノクロ調かもしれないが、これが本当だろう。Shin-p氏のページの記載にあるようなドロップ・アウトはない(テープの繋ぎ目ははっきりとわかる)。
序曲冒頭からして、奈落の底に突き落とされるような、身の引き裂かれるような凄絶な音響であり、主部に入るや、格調高い気品が漂う。1954年の静けさとは異なり、どこかライヴらしい熱気と劇性とを感じる。遅いところはより遅く、速い部分はより速く、メリハリのあるリズムとウィーン・フィルの艶やかで繊細な弦の奏法が54年盤以上に生きているのだ。序曲だけで興奮して、汗だくになってしまった。
肝心の本編では、54年盤ほど歌手達が(歌手は騎士長のアリエを除いて同一)まだ慣れていないのか、フルトヴェングラーの遅いテンポについていけていない。随分歌いにくそうにしているところが散見される。
デルモータに至っては、出のセリフを完全に落とし、第一声も「シニョーレ」。お父様が殺されて悲しんでいるのは「シニョーラ」でしょうが(笑)。しかし、デルモータのオッターヴィオが大好きなのである。すぐに調子を取り戻し(慌ててプロンプターがやかましくセリフを喋っているのが聴こえる)、素晴らしい歌唱を聴かせてくれる。
第1幕のフィナーレは54年盤の付け加えられた、これみよがしの迫力のない演奏も好きだが、53年の熱気をはらんだ展開も大好きである。
ツェルリーナがドン・ジョヴァンニに連れ込まれ、レポレロとマゼットが踊る踊らないで言い合いし、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、ドンナ・エルヴィーラが思い思いに感情を口にする中、ウィーン・フィルのアンサンブルは大きく乱れる。繰り返しの楽句が多いためか、一つ早く次の展開に移ってしまい、それについていく奏者とスコア通りに演奏している奏者とでごちゃごちゃになるのだ。
フルトヴェングラーも肝を冷やしたに違いない。
それにしても、クライマックスの盛り上がりは54年盤以上で、歌手も清澄でより好ましい。手に汗握るような興奮を与えつつ、音楽の持つ格調の高さとを同時に教えてくれるのだ。
演奏について挙げていけば切りがないが、第二幕の「地獄落ち」のシーンは最高にエスプレッシーヴォだ。アリエの騎士長は他のどの歌手よりも、亡霊の怖ろしさを体現しているし、ドン・ジョヴァンニを地獄へ連れて行く亡者たちの合唱も迫力がある。金管がアクセントになっており、大変素晴らしい。
ドン・ジョヴァンニの断末魔の叫びとレポレロの悲鳴を最後に、終結和音を彼方へと消えていくようにのばすのが53年盤の解釈であり、私個人としてはこの解釈が一番好きだ。54年盤はさっと切り上げてしまう。
「清めの六重奏」は、54年盤に転用されている部分だが、ARKADIA盤で聴くと、音質の鈍さもなく、多少歌唱がびりつくのを除いて、良好な音質である。もっとも、第一幕と第二幕を比べると、後者はやや音質が荒くなっているのが残念だ(それでも高音質であることに変わりはない)。
一般には、Hunt盤が良いとされているが、未聴。この盤との音質比較もしてみたいものだ。MORG-003は音がもっさりとしている。しかも、トラックを切っていないので聴きにくいことおびただしいものがある。
それにしても、このARKADIA、一体何なのだ・・・。海賊盤でありながら、放送局並の高音質とはこれ如何に。
こんにちは。
HUNT 509のプレス違いかと思われます。
魔笛同様、2チャンネル録音らしい高音質ですね。
HUNT(ARKADIA)のopti.me.sプレスは再生不良になります。
ARKADIAのMPOプレスはその点が改良されています。
取り上げられているのはMPOプレスではないでしょうか?
音質はほぼ同じと思われますが、
最近拝借した1952.12.8英雄の場合、
プレスの違いか、前者より後者の方が、明るめの音に
なっています。
これらの音質は鮮明明瞭で、フルトヴェングラー=音が悪い
に反論できるものとなっています。
by furtwan (2008-05-28 10:07)
furtwan様
こんにちは、コメントをありがとうございます。
巨匠のモーツァルト、魔笛もぜひARKADIA盤を入手したいところです。
フィガロの結婚も、このシリーズで出ていれば良いのですが。
ご指摘の通り、こちらはMPOプレスです。従いまして、再生不良はありません。
この音質で入手しやすい盤が登場すれば、フルトヴェングラーの評価もさらに高まるのではないでしょうか。
by kitaken (2008-05-28 15:43)
はじめまして&おじゃまいたします。
よいCDを入手されましたね。で、
>レーベルはARKADIA。番号はCDHP 509.3。Huntの509の再販か
とのことですが、中身は一緒です。お手元のCDのスタンパー部分をご覧になると、
"HUNTCD 509 CD1~3" と刻印されていると思います。HUNT でリリースしていた CD を Arkadia から出し直しただけです。タイトルによっては、プレス回数まで一緒の全く同一のスタンパーでレーベル面の印刷だけ違うのもありました。
ARKADIA ではプロデューサーが Nikos Velissiotis となってますが、HUNT の方では Art Director 兼 Sound engineer となっていました。
で、この音源は LP フォーマットでは FONIT CETRA の FE23(4LP) で出ていたものと同一です。(STEREO 表記されていたもの) こちらには彼の名前は特にクレジットされていませんが、レーベルと箱裏には (P) Arkadia, Milano 1982 とクレジットされていました。
ここからは推測ですが、元々 Arkadia という屋号を Nikos Velissiotis が持っていて、所有していたライブ音源を Cetra レーベルから LP リリースしていたものの、CD時代になって当初はそのまま出していたものを Hunt 社に切り替え、90年代に入って自社?レーベルの Arkadia を立ち上げて出し直したのではないかと思います。80年代に、Cetra社は2度ほど買収が繰り返されたことも関係しているのかもしれません。
by Medamakko (2008-06-01 15:00)
Medamakko様
初めまして、コメントをどうもありがとうございます。
ご指摘いただいたことで、ようやくこのCDの正体がわかりました。
仰る通り、スタンパーにはHunt 509の文字があり、出し直しであることがわかりました。全然、幻ではありませんでした(苦笑)。
それにしても、Arkadiaといい、Huntといい、これらの会社が出した音源には優秀なものがいくつもあるようですね。ついぞ復活の兆しがありませんが、音源が散逸してしまわないことを願っています。
by kitaken (2008-06-01 17:29)